アバルトプントと、海と、雨と、そして事故現場。

アバルトプントと、海と、雨と、そして事故現場。

打合せが早く終わった。時間は午後2時すぎ。横浜の西のとある街。打合せの結果は上々、特に急いで仕上げるものもない。
今日はこれで仕事を切り上げて、都心とは逆方向に向かうことにした。

ここから南西に走ると、海沿いを走る道がある。あそこを走ってみようか。
そういえば5年前、アバルトプントが納車されたその日に走りに行ったのもあの道だった。

走るにつれて、雲がどんどん薄黒く、厚くなってきて、ポツポツと雨が降ってきた。
どうやら、やって来る雲に向かって走っているらしく、降り始めた雨は加速度的に強くなり、雨滴感知式のオートワイパーがすぐに忙しく左右に雨粒をはじき始めた。

タイヤはハイグリップのRE-71だけれど、3日前に替えたばかりの新品なので、少しばかり慎重にアクセルを踏む。
追い越し車線をモッサリとしたスピードで走っているクルマをじわっとした加速でやり過ごす。雨だし、新品タイヤだけど、この程度のスピードであればグリップは問題ない。
乗り心地も悪くはないけど、タイヤ全体が硬く作られていることを路面からの軽いショックで知る。

5年前、この車で初めてここを走ったときも、充分に楽しかった。正確で機敏なハンドル。思ったような加速が、思ったように得られる。速度を上げていくと、ピタッと安定してまっすぐに走り抜けていく。ただし、あのときは新車でエンジンは3,000回転の上限があったけど。
実はこのクルマはグランドツアラーだと思う。あのときも思ったけど。その思いは5年経って、こうして同じ道を走ってもなんら変わっていない。

あれからECUを書き換え、スロットルスペーサーを入れたら、エンジンの吹き上がりがさらにパワフルでリニアになり、もっと楽しく走れるようになった。こんな天気と路面状況じゃなかったら、もっと右足を踏み込んでいたはずだ。

パーキングに入って海を見た。海沿いのテラスの真下はもう砂浜で少し向こうに波頭も見える。
今日は雲がどんよりと水平線まで続き、波もどこかしら不機嫌そう。雨も吹き付けてくる。
海を見たらどこかしら気分が変わると期待して行ったけど、これじゃあどうしようもない。

緊急車両がサイレン音を残して走り去っていったのが見えた。
少し時間をおいてから再び走り始めたのに、ほどなく追いついてしまった。さすがに緊急車両は抜けない。
この道の終端、右の最終コーナーで、緊急車両がスピード落とした。その理由はすぐに目に飛び込んできた。
2トントラックが左のガードレールにもたれかかるように、こちらを向いて止まっている。

起きたばかりの事故、駆けつけた緊急車両。
道路脇のカメラでモニターされていて、発見直後だったのではないか。現場の一般車両は他にいない。

緊急車両がトラックに近寄る。
運転席、仰向けになって動かない運転手の白い腕と喉が目に入った。
右コーナーを曲がりきれず、あるいは雨にタイヤを取られて左のガードレールに刺さり、一回転してこっち向きで止まったのだろう。
フロント部分にダメージは少ない。だから、それほどクリティカルな事故ではないはずだ。ドライバーは動いてはいなかったが、たぶん、気を失っているだけだ。

あとは緊急車両に任せて、僕はその場をあとにした。
雨を甘く見ると怖い目に遭うよ、と心で囁きながらアクセルを開け、事故現場を遠ざける。

憂鬱な情景ばかり見たせいか、このままの気分で家に帰りたくなくなった。
カーナビのガイドを無視して、家とは違う山の方へ進路を取った。カーナビがリルートして「次の交差点を右」などと何度も指示を出してきた。

うるさいよ、と、カーナビのスイッチを切って黙らせ、アクセルを踏み、山を登った。

しかし憂鬱な雨は、山上も続いていたのだった