ツール・ド・フランスのほんとうの魅力。[ NHKドキュメント番組「ツール・ド・フランスが運ぶ美しい瞬間」]
国道脇の原体験
昔々、僕が子どもだった頃。近所の国道の脇で通り過ぎる車をただただ眺めていたことがある。
バタバタと走り去る3輪トラックとか、スバル360とかパブリカとか、カローラみたいな普通の国産車にまじって、たまにガイシャが通り過ぎていた。
あれはまさに、掃きだめにツル。遠くの方からでも、勇ましい排気音で違いが分かった。そして目の前を走り去るときのカッコ良さったら! 特に僕が好きだったのはアルファロメオ ジュリアクーペ。走り去るときのノッチバックのあのテール、そしてエンドパイプから吐き出されるあの排気音にドキドキ。
あのカッコいいクルマ(当時は名前を知らなかった)は、どこから来て、どこに行くんだろう。行く先に、あの道の先に、どんな風景が広がっているんだろう。その中をあのカッコいいクルマはどんなふうに走っていくんだろう。幼くて無知な田舎小僧だった僕でも、いっちょまえにぐるぐると思いをめぐらせていたのを憶えている。
そんなふうに、ふだんは地方の田舎町の日常が繰り広げられている国道脇でも、1か月に何回かは非日常的な光景にお目にかかれていた。そんなことがあった日は家に帰って父に「あのね!」と話したり、学校で友達と「すげー」と休み時間にやり合ったり、日常のアクセントになっていた。
そういうアクセントが織り込まれると、楽しい毎日が、ますます楽しくてしようながなかった。
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ツールのドキュメント番組を見た
ツール・ド・フランスの特別番組をNHKでやっていた。『世界で一番美しい瞬間(とき)選「ツール・ド・フランスが運ぶ美しい瞬間」』というタイトルで、2014年のツールを観客目線で追ったドキュメントだ。ちょうどそのとき放送されるはずだった高校野球が雨で中止、その替わりの番組として流れていた。
その中でレポーターの若い女性アナがちょっとした不満を漏らす。選手たちが通るのをずっと立って待っていたのに、いざ来たら、わずか30秒で通り過ぎてしまった。「あんなに待ったのに、たったこれだけ?」といった表情。そして、同じように観戦していた他の人たちが満足そうな表情を浮かべているのを見て、不思議そうな顔をする。
日本でも駅伝やマラソンを沿道で応援する人たちはいるが、それとも少し違う。ただ一瞬、通り過ぎるだけの自転車競技の魅力がどこにあるのか理解できないようだった。
その魅力を探るように、ツールを追う旅を続ける。ピレネーの山岳コースでは多くのキャンパーと知り合ったり、ランヌという小さな村では村人たちといっしょに選手を迎えたり。ランヌはこの年、ツールのルートとして初めて設定されていた。村全体が生まれて初めて経験するツール。この日のために、多くの村人が2年も前から歓迎イベントを計画してきたそうだ。
そして当日、わずか3分ちょっとで選手たちは通り過ぎていった。でも村の人たちは大満足で、来年もここで選手たちを歓迎したいと口々に言っていた。
そのランヌ村の村長さんがこんなコメントを女性アナに伝えた。
「ツールは、私たちに大きな喜びを運んできてくれた。でもこれは私たちが万全の準備をしてきたから思えることなんだ」
懐かしい生活、そして人生
ツールは祝祭だ。ルートの沿道に住んでいる人には、晴れやかなお祭りの日なのだ。だから心待ちにして、準備を重ね、やってきた選手たちを精一杯の声援で出迎える。お祭りなんだから、みんなで騒がないと。騒いでこの晴れやかな気分を共有しないと。みんなそんな思いで、この「お祭り」を共有しているんだと思う。
通り過ぎる時間がたった30秒とか、3分とか、そんなことは関係ない。ここを、目の前の道を選手たちが通っていった、というリアルな時間を共有したことが大切なのだ。
道は続いている。ランヌの村を通った選手たちはパリ、シャンゼリでゴールを迎える。ランヌのような小さな村だってパリに通じているのだ。
ゴールしてみんなから賞賛されている選手、あの選手だってうちの前を通っていった。その選手を俺は応援していた。良い選手だった、強いペダリングだった。来年も帰ってこいよ。───ランヌ村の人たちはそんなことを思いながら、ってツールの一団がまた通ることをを心待ちにしているに違いない。
考えてみればミッレミリアやタルガフローリオ、マン島TTレースなど、ヨーロッパでは昔からこんなふうに道を媒介とした祝祭のイベントが数多く開かれてきた。ツール・ド・フランスだって、今では自転車競技だとばかり思われているが、もともとは80年代まで開催されていた自動車レースを参考に企画された自転車レースだ。
道ばたでじっと待って、ここじゃないどこかから来た選手やクルマに手を振り、その一瞬に喜びを感じる。そしてまた自分はその場所で日常を続け、みずからの人生を重ねる。そこには人生を楽しむ人がいて、その人たちを励ますかのように、祝祭の日、ツールの一団が巡ってきて喜びを振りまいていく。
村人も選手も、どちらも人生の主役を生きている。その人たちを一本の道がつなぐ。
それはまるで僕が、国道脇でワクワクしたときのようだ。ロードサイドには生活があり、夢があり希望があったあの頃。僕ら世代の暮らしの原風景ともいえそうな。
あんな生活をいまもまだ連綿と続けている人がフランスにいる。懐かしいような、羨ましいような。できれば自分もあの頃の純粋な生活に戻りたい。
番組を見ていたら、なんだか涙が出てきた。
近年、ツールのレース中継を見はじめると何となく目が離せなくなるのだが、その理由がこの日のドキュメント番組を見て何となく分かったような気がした。
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