アバルト プントに出会えたのは彼のおかげ。ありがとう。追悼 セルジオ・マルキオンネ vol.2
発表から一日経って、日本語サイトにも追悼記事が出始めた。
Wikiのページにも注釈が出ていた。
僕も、彼とフィアットの思い出をスライドショーにしてみた(オートで展開されないみたいなので、Clickしてみてください)
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そのWikiに拠れば、彼がフィアットに入社したのが2003年、翌2004年にはCEOに就任している。
一方、フィアットがアバルト グランデプントS2000でラリーに復帰したのが2006年、翌2007年には「ABARTH&C.」のリバイバルが正式に発表された後、その第一号車としてグランデプント アバルトが正式発表されている。
マルキオンネさんが、直接的にアバルトの復活を指揮したのかどうかは分からない。実際、彼がフィアットに来る前にも、188プントHGTアバルトのように、アバルトの名前を冠したプロジェクトがあったし。
ただ、マルキオンネさんが主導したフィアットグループのブランド再編の端緒になったのがアバルトのリバイバルだった。あそこからフェラーリの株式上場とグループ離脱、マセラティとアルファロメオのブランド再構築が始まった。
それを思うと、アバルトのリバイバルは、マルキオンネさんが仕掛けたもののように思えてならない。
僕がこうして今、アバルト プントに乗っていられるのは、マルキオンネさんのおかげかも知れない、と思うんだ。
そんなわけで、僕にとってマルキオンネさんの一番の功績は、アバルトをリバイバルさせてくれたことだ。
ありがとう、マルキオンネさん。
おかげで、こうして楽しい車生活を送らせてもらっています!
安らかに。
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